Q7と行く 奈良薬師寺 2013 10月5日

 

10月5日の土曜日、奈良・薬師寺に行きました。

9月16日〜11月30日まで、薬師寺で、東塔水煙降臨展というのをやっているんですよ。

というのは、ご案内の封書が薬師寺から送られてきたからです。

薬師寺の東塔が大修理に入って、塔の先端にあった、九輪や宝珠や水煙などが、地上に降ろされて、それを見ることが出来る。修理されれば、もう間近にお目に掛かることはない。薬師寺東塔は白鳳時代か天平時代の代物なので、ざっと1300年くらいか? 東塔の解体修理完了後に、塔の先端にあがるのか、新しくこしらえて、現物はどこかで永久保存されるのか、いまだ決まっていないらしいけど、仮にまた東塔に上がれば、35メートル上なので、双眼鏡でも持ってこないと見えない。

 

ってことで、招待券も入っていたので、見学しに行くことにしました。

 

ちなみに、事務局長は、日本史が好き。それもこの頃の時代、飛鳥、白鳳、天平時代が特に好きだけど、登場する人物の関係がややこやしい・・・

 

薬師寺は今は西の京と呼ばれるエリアにあるけど、創建当時は、飛鳥の方にあって、聖武天皇が平城京に遷都した時に、現在の場所に移動したとか・・・ で、はじめは、天武天皇の発願で、皇后の後の持統天皇が病気になったとき、回復を祈って、薬師寺を建てたらしいけど、薬師寺の完成を待たずして、天武天皇が死んじゃって、病気が治った持統天皇が、夫の意志を継いで、薬師寺を建てたとか・・・。ってな事も、その塔の先っちょに刻まれている。それも見れるんですよ。

 

11時半ころに薬師寺到着。

とりあえず、お写経道場へ・・・

今回で5回目となる写経をします。大和古寺風物詩では、朽ち果てるのを待つような薬師寺だったけど、まっ、それが滅びの美学みたいに、書かれたけど、高田好胤という薬師寺第百二十四世管主が、お写経勧進というユニークな試みで、布施を集めて、白鳳時代の伽藍の復興を成功させて、そのまま今もお写経勧進が続いていて、1回、般若心経で2000円だけど、薬師寺に永代保管されるそうな。

ちなみに薬師寺は、檀家が無い、境内に墓もないんだって。法隆寺や興福寺もそうらしい。

 

 

写経が済むと、玄奘三蔵廟と、白鳳伽藍の無料拝観券がもらえる。ちなみに、玄奘三蔵廟というのは、あの西遊記の三蔵法師の事で、はるばるインドまでお経をもらいに行ったあのお方です。その玄奘三蔵が持ち帰ったお経を弟子が編纂して、法相宗というのが出来て、その日本における法相宗の大本山が薬師寺らしい。で、薬師寺の坊さんいわく、「玄奘三蔵法師の直系のお寺で、私たちは三蔵法師の直系の弟子なのです」 と・・・。

日中戦争の頃、南京に進軍した日本軍が道路整備か何かをしていたら、玄奘三蔵のお墓を発見してしまい、ご遺骨の一部を日本に持ち帰り、千葉だった茨城だったかのお寺に保管してあったけど、法相宗の大本山の薬師寺に納めるのがよかろうと、三蔵法師のご遺骨が薬師寺にやってきて、そこで玄奘三蔵廟を造営してお祀りしてあるのです。そこには、平山郁夫画伯が実際に三蔵法師が歩かれたシルクロードへ行き、描いた壁画があって、これまたスゴイのであります。そこの拝観券がもらえる。白鳳伽藍ってのは、いわゆる薬師寺の境内のことで、金堂や講堂、回廊などが見れる拝観券がもらえる。東塔水煙降臨展は、薬師寺からの招待券があるので、無料だわい。と思っていたら、今回、写経したら、この水煙降臨展の入場券も付いてきたので、ラッキーなのか、どうなのかわからんけど、招待券は使わなかった。

 

玄奘三蔵廟をお参りして、平山郁夫画伯の壁画を見て、毎度のごとく感嘆。次に白鳳伽藍へ。

手前が大講堂で、本尊は弥勒如来様。左が金堂で、薬師如来様がおわします。

なにか、イベントがあるのか、ステージが作られて、照明が設置されておりまして、ステージではドラムセットがおいてありました。あとで調べたら、森山良子さんのコンサートがあったみたいですな。

 

 

金堂のご本尊様の、薬師如来様。約1300年。ここにいらっしゃいまして、人々の祈りを聞いておられます。持統天皇も、聖武天皇も、光明皇后も、藤原道真も、歴史の有名人の方々も、きっとご覧なさったでしょうな・・・。薬師如来様は、この娑婆の世界より東方十恒河沙仏土の先にある、浄瑠璃という世界にいらっしゃる仏様で、菩薩の頃の誓願により、人々の病を救うという仏様です。

 

堂内は撮影禁止なんですが、扉が開かれていて、外からなら撮影はOKです。なんか京都のお寺の、暗い雰囲気はなくて、大陸的な感じ。当時は、インドやベトナムやペルシャとか、いっぱい外国人が来ていたと思うし、薬師如来様がお座りになっている台座の彫刻は、ギリシャの葡萄の模様、ペルシャの蓮華模様、インドの神様、中国の四方四神の彫刻など、まさにシルクロードが凝縮されてます。そんな事を思うと、なんかスッゲーぜ、薬師寺って思う。

今回、Q7とスタンドズームのみで、撮ってました。Q7かQ10を持った人が3名ほどいました。意外に売れているんだ・・・って思った。がんばれ、ペンタックスというかリコー。早くマクロ出してくれ。消費税が上がらないうちにね。よろしゅう〜

 

 

薬師寺・西塔 

薬師寺の西塔は、1528年の戦火で焼け落ちてしまい、その後、復興することはなかったらしいけど、1981年に、前述のお写経勧進での布施で、伝統様式と技法で復興しました。毎年3月に内部の公開があって、去年、運良くその時に行ったのでラッキーでした。ちなみに、東塔よりもいくぶん高いそうですけど、東塔が1300年経って、縮んだらしく、500年後には、東塔と同じ高さになるらしい・・・。

 

 

創建当時は、こんな感じだったのでしょう。

塔の先端に輪がありますが、これが9つあって九輪といいまして、その上に乗っているのが、水煙でその上が竜舎、一番上が、宝珠です。今回、東塔のこれらが、降りてきて、間近で見られるのです。

 

 

その前に、法話を聞く 

今回の水煙降臨展の期間中、土・日・祝日は、一日4回、30分ほどの法話が開催されまして、ちょうど午後1時の法話が始まるとの事で、南門の右手にある、勧進所というところ、まぁ、ご休憩所みたいなところで、法話がありました。80名位入るといっぱいです。今回、法話をなさるお坊様は、大谷徹奘(てつじょう)さんで、どっかで見たことがあるなぁ・・・って思ったら、NHKのETV特集で、「仏教に何ができるか 〜奈良・薬師寺 被災地を巡る僧侶たち〜」という番組に出ていた坊様だった。http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2013/0511.html

30分という短い時間だったので、話があちこちしたけど、なかなかよいお話でございました。

「お経というのは、死んだ人の為にあるんじゃないんですよ。私たちが生きていく上で、幸せになる方法が書かれているんですよ。どこかへ旅行に行く、たとえば、国内旅行とか海外旅行とか・・・ 今、るるぶとかいう、旅の雑誌とかガイドブックがあるんですよねぇ? それを買って、ナニをするかというと、予行演習をするんですよね? なんで頭の中で予行演習するかというと、いきなり行って迷わない為ですよね?それと同じで、お釈迦様が説かれたお経ってのは、人生を迷わないようにする、私はお経のことを、人生の、しあわせのるるぶ!って言うんです」 (一同、笑い)

っていうようなお話から・・・ まぁ、よかったら薬師寺に行かれて、実際に、法話をお聞きください。

 

 

水煙降臨展に・・・

法話を聞いた後、目当ての水煙降臨展に行きました。会場は、作業小屋というか資材置き場のようなスレートの建物でした。

 

東塔の先端にあった、水煙です。 約1300年前の創建当時のものです。水煙ってのは、火災などの災難から塔を守る、お守りのようなもんです。十字の4枚の水煙ですが、アーチ型の2枚をクロスさせてあります。その1面に3名の天人おりまして、一番下は笛を吹いています。あとの2名は、花びらを持って、下降している様子です。

 

水煙の上には、竜舎と最先端の宝珠。水煙の下には、九輪と擦管。で囲ったところに銘があって、薬師寺の創建の由来とかが漢文で掘ってあります。後ろに見えるのは、今回の大修理に使われる、台湾ヒノキで、直径が1メートルくらいある巨大なヒノキで、樹齢約1000年という事で、圧巻です。もう、こういった巨木は日本には無いらしく、巨大な伽藍を作るのに、外国の巨木が必要となってしまいました。1300年前は、巨木がたくさん日本の山々にあったという事ですね。それと、この台湾ヒノキは樹齢1000年だけど、薬師寺はそれよりも300年古いという事ですなぁ・・・

 

東塔の芯柱の四方には、四天王様が守護しておられて、今回、四天王像も公開でございました。いずれも平安時代の作だそうな。

ここでも、薬師寺のお坊様が説明をしてくださって、なかなかよかったです。

じっくりと拝見させてもらって、次に、観世音菩薩様にお参りにいきました。

 

 

東院堂と観世音菩薩像

東回廊の外側に、東院堂があって、国宝・観世音菩薩像が奉られています。東院堂は養老年間に建てられましたが、その後、火災で焼失、鎌倉時代に再建されまして、建物も国宝です。堂内には白鳳時代を代表する、観世音菩薩像が安置されています。下半身、衣が透けて見えますが、インドのクブタ王朝時代の彫刻の流れだそうです。金堂の薬師如来様の脇士の日光、月光両菩薩様も三曲法でお体をくねらせて、お見事なのですが、こちらの観世音菩薩様は、凛とお立ちになって、すがすがしい。時々、あちこちの薬師寺展に出張される時がありますがその時は、後ろの光背が無いお姿で、見てきた人に言わせると、後ろ姿も、ステキらしい。二.三年前に、岐阜に出張に来た事があって、その時に見れば良かった・・・・と今になって後悔してます。

 

東院堂内部は撮影禁止ですが、外からなら撮影OKです。でも、時々、格子戸が閉めてある。今回は、おっぴろげでラッキーでした。

 

 

回廊

東院堂を出て、回廊を歩きます。

この赤いのは、ベンガラ?かと思いましたけど、水銀と硫黄の化合物の「丹」=「辰砂」なのかもしれない。ベンガラはもっと赤黒いし、丹は朱色で、朱肉の色だから、この柱の色は朱肉の色に近いね。丹頂鶴タンチョウヅルの頭が赤いのを表すのに「丹」が使われているでしょ? この丹を産するところが、奈良県にもあるそうで、中央構造線にそって古代から丹を産出したそうなんで・・・ 水銀は日本ではよく採れたみたいです。丹の字がつくところは、水銀の産出地だとかいう話もあるし・・・

水銀を含む丹には、水銀の性質の防腐作用、殺菌作用があるので、こうして柱や梁に塗っていた?のかも・・・知らなかったけど、赤チンも水銀が入っているそうな。

青丹(あおに)よし 奈良の都は咲く花の薫(にお)うがごとく いま盛りなり

という万葉集の歌がありますが、一説によると、この青というのは、格子戸の緑色・岩緑青(マラカイトグリーン)で、丹というのが、この柱や梁の色という解釈もあるそうな。

この歌を歌ったのは、小野老という人で、大伴家持と一緒に、太宰府に転勤になっちゃった人です。で・・・

今頃は、奈良の都じゃ、花もいっぱい咲いて、春盛りなんだろうなぁ・・・ 帰りてぇなぁ〜っていう歌らしい。

その青丹よしという枕詞は、こういった寺院や神社の赤と緑を差していて、奈良の都の色だったので、奈良の枕詞になったとか・・・

 

 

仁王像

回廊を巡って、中門へ行くと、両側に仁王様がいます。

あちこちのお寺の仁王様は、上半身は裸で、筋肉隆々で、なんですけど、薬師寺の仁王様は、武装しています。

400年前に戦火で焼け落ちてしまい、その後、復興されませんでしたが、お写経勧進で中門が再興されるときに、発掘調査をしたら、武装した仁王像であったことが判明したので、中国西安大雁塔の門垣にある線彫の仁王像や、法隆寺の橘夫人厨子の扉絵等を参考にして復元されました。

 

 

 

休ヶ岡八幡宮

南門(こちらが薬師寺の正門)を出て、休ヶ岡八幡宮へ。薬師寺を守護する神様であります。寛平年間(889〜898)に大分県宇佐から現在地に勧請[かんじょう]されました。現在の社殿は慶長8年(1603)の建物です。

なんで、大分にいらした神様が薬師寺の守護神様になられたのかわかりませんが、奈良の春日大社も茨城県の鹿島から白鹿に乗ってやってきたらしいので、まっ、古代にゃそういう事はあったのでしょうな。

本来は、この休ヶ岡八幡宮にお参りしてから薬師寺に参拝するのが、正しいらしいですけど・・・

毎回、休ヶ岡八幡宮に行かないので今回は、行ってみました。

 

 

 

唐招提寺・御影堂へ

薬師寺の北に、唐招提寺があります。薬師寺の法話の中で、唐招提寺の御影堂が特別公開って事を聞きました。御影堂の中には、国宝・鑑真和上像があります。拝見できるチャンスです。ということで、歩いて10分くらいの唐招提寺へ。

毎年の特別公開は6月の3日間だけですけど、今年は1250回忌らしくて、10月5日〜7日まで公開しているそうで、知らずに来たけど超ラッキー。

唐招提寺は前に来たことがあるので、とりあえず、さっと見て、御影堂へ。

御影堂の中のふすま絵は、あの東山魁夷画伯作。

毎年6月の特別公開は長蛇の列らしいけど、この日はそれほどでもなくて、割と空いてました。拝観と参拝の人に分けられていて、要するに参拝の方は、鑑真和上像の前まで進めて、焼香できる。拝観の方は離れた場所から、鑑真和上像を見る。らしい。後で知ったけど・・・ で、知らなかったけど参拝の列に。手前から正座して待つ。焼香の順番が来るまで、正座して、少しづつ移動。これがつらかった。

で、とうとうその番が来て、初めて見る国宝・鑑真様は、圧倒的存在感。もう少し明るいといいんだけど・・・

鑑真さんは、中国の遣の時代の高僧で、日本のたっての願いで、どうしても日本に来て欲しいって何度も頼まれた。その熱意に負けて、日本に行く決意をする。でも唐にとっても大切な高僧なので、日本への出国は認めなかった。でも行く。って決めて、何度も、失敗し、ようやく舟に乗ったけど、それも暴風雨で難破。マカオあたりまで流されたりしたことも2.3度。6回目にやっとこせ日本に来ることが出来た。その苦労で、日本に来たときは、目が見えなくなっていたらしい。

っていう偉い坊様なんだ。

もう少し突っ込んで書くと、当時の日本にゃ、にわか坊主がいっぱいだったのよ。なんちゃって坊主がいっぱいいて、そいつらは税も払わず徴兵も受けず。やりたいほうだい。朝廷としても取り締まりたいんだけど、仏教を朝廷が認めている手前そうもいかず・・・。お隣の中国の唐でも同じようなことがあって、そこでは、高僧が戒を授けて、要するに、ちゃんと仏法を学んで、師匠のお目にかなった者だけが僧侶になれるとという受戒という儀式を作ったのよ。で、受戒がてきる高僧を日本に呼んでにわか坊主どもも排除させたかったのですな。で、鑑真さくが来たときは朝廷も喜んで、東大寺の大僧正に任命して、受戒を授ける戒壇院も作って手厚く持てなしていたんだけど、にわか坊主が減って、朝廷の思惑通りに事が進んで、もーいいや。って事になって、鑑真さんは、日本各地に戒壇院を作ろうと思っていたけど、朝廷と意見の対立があって、東大寺の大僧正の地位も取り上げられてしまう。この時、もう70歳。

でも鑑真さんをしたう貴族もいて、新田部(にたべ)親王さんの旧宅を鑑真さんに譲ってあげました。それがのちの唐招提寺となったというお話です。

 

撮影は禁止なんで、御影堂特別拝観の記念品をもらって、ポストカードや鑑真和上のお逗子の写真↑が入ってた。後ろのふすま絵が、東山さんの作。舟が見えるけど、あれ遣唐使船かもね。

もうちょっとじっくり見てくれば良かった・・・。

 

唐招提寺を後にしたのが午後3時。

 

腹も減った・・・

 

この界隈は観光地だけど、食べ物屋さんもそんなに無い。

 

唐招提寺と薬師寺の間に、大納言っていう、そば・うどん、甘味のお店があって、入ってみる。

 

 

にしんそばを注文したけど、そばは売り切れで、うどんしかない。という事で、にしんうどん。800円なり。

だしは関西風で、おいしかったな。まぁ、観光地というか行楽地は、こんなもんですな。おいしかったよ。

 

薬師寺を後にしたのが午後4時。

 

いやいや、本日はおもしろかった。

 

今度は、平城京跡に行ってみよう。大極殿やら朱雀門やら、いろいろあるみたいだし・・・

 

 

ahiru_da_photo  2013/10/05