山田伸チャ、旅足川で尺アマゴ 95年3月1日

 

 これは、虎兎釣り倶楽部会長、山田伸チャのかつての栄光の記録である。

 

わたしの記憶が確かなら、それは、95年の3月01日、解禁日の山田伸チャのホームグランド旅足川での出来事であったと思う。

ACJの記事からすれば、当日は、水曜日、午前10時に納品を終えた山田伸チャが事務局に現れた事から始まった。その時、事務局には事務局長と、仕事をサボった鈴木がいた。納品を終えて、「今日の仕事は終わり。だから旅足でも行こう」との伸チャの言葉に乗った局長と鈴木。しかし、局長はヤマコから、「あそこは地獄だった」との話を聞いていたので、尻込みしたが、怖いモノ見たさでついていく。

八百津のスーパーで昼飯を買って、大平という部落に車を置いて、旅足川に潜入。局長が、「とんでもないところは、絶対いやだ」とゴネたので、伸チャは、魚は釣れないが、比較的、やりやすいルートにしてくれた。それは、通称、牛首と呼ばれているところ。しかし、いざ入ってみると、易しいところとは、名ばかりで、岩を乗り越え、ヤブをかき分け、なんていう所なのだ。ここでも易しいところということは、伸チャが行くところは、本当に東海地方の黒部渓谷、夏に入ればパプアニューギニア、なんだろうなぁ。と、思いながらついていく。鈴木は一応フライマンだが、当日まだ3月1日なので、とても、フライでは釣れない。と思ったらしく、伸チャと同じ餌釣りをしていた。局長は、腐ってもフライマンなので、釣れないと思ったがフライで通した。入渓して、すぐに鈴木のミミズに15pほどのアマゴが食いついたが、鈴木はポイッとリリース。さい先よし。と思われたが、その後、鈴木がもう1匹釣っただけで、アタリは遠のいてしまった。というか、谷が深くなり、淵が連続するようになったら、魚の気配が消えた。この川は、一度入ってしまうと、最後まで行かなくてはならない。釣れない、そして、釣れる気配のない川を釣り上がっていくのは、苦難に満ちていた。局長と鈴木は、早く出たい一心で、ドンドン先に進む。やっと、牛首をまわり、周りが明るくなって、渓流の相が、変わったところにあった淵。局長はその上のこの川で初めて見る瀬がいいなぁ。と思ったが、すでに、終了の準備万端で、ロッドもたたんでしまっていた。鈴木も同じ。いまさら、仕掛けを作って、やってみようとは思わず早く車に戻りたいと、思っていた。 そこへ、山田伸チャがやってきて、2回流すと、竿がグーンとしなって、ありゃ?でかいぞ。でたーぁ。尺アマゴだぁ。海でいえば、75pの真鯛釣ったようなもんです。伸チャの「うほほーい」という雄叫びが、谷にこだまする。写真を撮って、(もっとうれしそうな顔してよと、言ったが、何くわぬ顔をするのがニクイね)→

鈴木が食べる。というもんだから、もって帰る。最後に伸チャが「君たち、あきらめるのが、早いよ」といった言葉が耳に残ったのでありました。その後、事務局より尺物を釣ったので、アヒル倶楽部尺物会に入会することができ、納会の時に座布団2枚の特権を得、「先生」の称号を与えられたのでした。

この模様は、当時カメラマン同行だったので、アヒル倶楽部ビデオマガジン・95でご覧頂けます。